「毎日更新」「毎日勉強」は無理をしてまでやるべきではない【手段を目的にするな】

考えてること


こんにちは!ブログ週2記事作成を始めて2ヶ月が経とうとしているgtgtです。

世の中の成功したブロガーさんって、「毎日更新しましょう」とか「100記事書け!毎日更新すれば3ヶ月でいける」みたいなアドバイスをよくされますが、実際ブログを毎日更新するのってかなり知的重労働で……私は週2でもあっぷあっぷって感じです。たいていの人はすぐにフェードアウトしちゃう気がします。

Twitter運用も同じで、「有益なことを毎日30ツイート」とかひいひいしながら頑張ってる人を見てると、なんかネタ切れしてる?正直疲弊してない?って思うことがあります。

言うまでもなく、目標を立てて毎日努力を重ねること自体は素晴らしいし、正しいやり方で目標を達成できれば素晴らしい結果がついてくるはずです。ただ、「この人、手段が目的にすり替わっているのでは?」と感じてしまう瞬間もあるのです。

この記事では、立てた目標がキツくて折れそうなときの対処法として、「目標の意味をもう一度考え直す」ことを提案し、実践していきます。

継続は力なり ←間違いなく真実

はじめに、私はなにも「苦しくても継続する」という発想自体が間違っているといいたいわけじゃないので、そこはご了承ください。。

でも継続できなきゃ意味ないよ

私も「プログラミング学習を毎日1時間」を目標にしたけど、フルタイムで働いてブログも週2記事書いてイラスト依頼も受けて……さらに勉強まで両立しようとすると、どうしても毎日の睡眠時間が5時間くらいまで削れそうなので、やめてしまいました。短時間睡眠が健康を脅かし寿命を縮めることは、科学的に証明されていますからね。

といっても、勉強すること自体をやめたわけではなく、優先事項を以下のように確認し直した上で継続しています。

【最優先】ブログ記事週2本
【第二優先】 イラスト依頼対応
【第三優先】プログラミング勉強

つまり、

次回更新分のブログ記事が未完成→記事を書く
記事ができている→イラスト依頼対応
記事ができてて、イラスト依頼で対応すべきことがない→プログラミング勉強

という具合です。なので、ブログ記事制作しかしない日もあるし、イラスト依頼対応しかしないときもあるし、プログラミング勉強しかしない日もあります。もちろん2つないしは3つをこなす日もありますが、「毎日欠かさずやってるタスク」はありません。

それでもまあまあ苦しくて、たまにはサボってスプラトゥーンしたいと思うこともあるけど、大きな問題はなく継続できているので、もうしばらくはこんな感じで行くつもりです。

目標の意味を考え直そう

どうしても目標が達成できなくて苦しくなったときは、次のことを自問しましょう。

何を期待してその目標を選んだのか
期待したことは、その目標でなければ得られないのか
どれくらいの目標であれば、期待したことが得られるか

例えば、ブログを毎日更新することを目標にしたのは、どんなメリットを期待したからなのでしょうか? 主に挙げられるのは次のような感じだと思います。

ライティング力の向上、思考の整理、メディア運営力を身に付ける、自己発信能力の向上、自己ブランディング、SEO対策、WEB集客……

そのメリットは、どうしても「毎日更新」でなければ得られないものですか? 例えば「週3記事」では?「週1記事」ではどうでしょうか。

もちろん頻度は高ければ高いほど良いでしょうが、どれも必ずしも毎日更新じゃなくても得られそうなメリットです。だったら更新頻度を多少落としても、より集中して記事を書き、質の良い仕事をした方が近道かもですよ。

私の場合、次のような感じで目標を考え直しました。

プログラミング勉強を毎日1時間と設定したのはなぜ?→プログラミングの知識を得たいから
どうしても毎日1時間しなきゃだめ?→あまりに眠いときは勉強効率が落ちる。寝たほうがいい
2日に1回くらいのペースでも問題ない?→知識は積み上げなので、継続さえできればOK

「継続できないくらいなら目標は捨てろ」ではなく、「まずは継続できる目標を」設定します。そして、継続可能な目標は絶対にサボらないで取り組みます。さらに、慣れて余裕ができてきたらハードルを少しずつ上げます。

まずは自分の限界を知り、限界ギリギリの量で作業をします。余裕が見えてきたら少しずつ作業量を増やし、限界の上限を広げていくのが正攻法だと思います。

冒頭に「手段が目的にすり替わっている」と書きましたが、これは例えば「ライティング力を得るためにブログ毎日更新を始めたのに、いつの間にか毎日更新に必死で、しっかり考えて文章を書く余裕がない」のような感じです。こうなってしまってはもはや記事を書いてる意味もあまりないので、手段と目的がそれぞれ何なのかをいつも意識するようにしましょう。

限界突破を妄信するのは危険

すごい業績を打ち立てた方がよく言う、「誰もが苦しんで、途中であきらめてしまうような難題だからこそ、努力してこなせば上位少数者になれる」という主張は、本当にごもっともです。

他のみんなが諦めてしまうことを、多少無理をしても正しいやり方で継続できるのなら、それが一番の近道です。

だけど、目標達成に必要な努力の量は人それぞれだし、許容できる我慢の量もまた人それぞれです。だから「私はこれだけ努力をし、辛くても頑張った。おかげでこのような素晴らしい結果を得た。だからみんなも同じくらい頑張るべき」というアドバイスがいつも正しいとは限りません。

自分や他人がどこまで努力できるのか、どれだけ努力すべきなのかを見極めるのはかなり難しいです。ここで休むことが必要なことなのか、それともただの甘えなのか、だれにも正しい判断はできません。

「継続は力なり」が真実であるからこそ、無理をしてしまい心が折れたり身体を壊したりして、辞めてしまうのでは本末転倒であることは、忘れてはいけません。

まとめ

もう一度、目標の意味を考えよう

何を期待してその目標を選んだのか
期待したことは、その目標でなければ得られないのか
どれくらいの目標であれば、期待したことが得られるか

目標を立てて努力することが素晴らしいからこそ、きちんと継続できることを目標にしなければ意味がありません。周りの人が猛スピードでこなしているからといって、焦って無茶な目標設定をするのは禁物です。まずはできる範囲から少しずつやっていきましょう。

いきなり50kgのダンベルを上げられる人なんていません。まずは2kgからでいいです。次に5kg、10kgと重量をあげながら慣らしていきましょう。

私もまだまだ努力をはじめた途中で目立った成果は上げられていませんが、それでもこの努力がいつか実を結ぶことを信じて、これからも継続していきます!